2022.01.26
またコーヒータイムで悪いのですが、今回は私の心を落ち着けるために書いています。とりとめのない話になりますが、少しお付き合い願えればと思います。
私の家族が死にました。
私はその家族と二人暮らしだったので、現在は一人ぽつんと家にいます。
医師から家族の寿命はもう長くない、1ヶ月どころか1週間が分からないと聞いたのは今月の17日でした。それでもその時、私は少し楽観していました。
なぜなら前にも家族の命が危ない話を聞いても助かったからです。
このコロナの時期が終わり、もう一度直に面会できるまでは死なないだろうと思っていました。最後に家族に会ったのは今月の6日にオンライン面会で会いました。その時は画面越しに普通に会話が出来る状態でした。何気ない会話を10分して、それが最後になりました。
家族の死を知らせる電話は突然でした。朝方、看護師の方が様子を見に行った時には死んでいたそうです。死んだ時の顔は、とても穏やかで、まるでただ寝ているだけのようでした。
苦しむことなく逝けたことは救いでした。
私は霊柩車が迎えに来るまで、死んだ家族の顔をただ茫然と見ていました。話しかければ普通に起きるような気がして、まだ話がしたいと死んだ家族に話しかけていました。
お葬式は家族葬で、今はコロナの時期なので親戚の人と数人でしました。お葬式はとてもスムーズで、時間通りに終わりました。
とても重くて、私一人ではとても持ち上げることが出来ない人なのに、骨になった家族はとても軽く、私は胸に抱いて帰りました。
本当は星の位置が、生まれたときの土星と回ってきた土星が重なる位置に来るので、何かが終わる位置になることを知っていましたが、私は星占い師として出した答えと自分の感情とでは自分の感情の方が勝っていて、信じたくない思いがありました。
占い師は自分の事は占えないとよく言われますが、こう言う事かと思いました。家族の事ではとても冷静ではいられないのです。
そして家族が死んでから私が知らなかった家族のもう一面が分かりました。少しづつ遺品を整理しながらこんなに何年も一緒に暮らしていても知らないことが多い、人間は一面だけではないとつくづく思いました。
死んだ顔がとても穏やかだったので、天国に行けたのだろうと今は思っています。
笑っている家族の写真を見ながらこのブログを書いています。なかなか笑わない人だったのに写真の中の家族はとても良い笑顔をしています。ただし、私と二人で撮った写真は1枚もありませんでした。
以上です。